雑記帳

日常を綴っていきます

0と1の織りなす世界の中心で愛を叫ぶ

この記事はみす51代 アドベントカレンダー6日目の記事です。

 

「好き」という言葉は極めて曖昧なものであり、それは非常に複雑な人間の心理に基いて成立する感情である。

君たちは誰かを好きになったことはあるだろうか。

おそらく、誰かを好きになった経験がない人間はいないだろう。

では、君たちは誰かを愛したことがあるだろうか。

おそらく、大半の人間が誰かを愛したことがあるだろう。

「愛」ってなんだろう?「愛」も「好き」と同様に様々な意味合いを持つ。私個人の見解では、「好き」は「愛」に基いて成立する感情だと考える。

愛は様々な感情の根源になっている。他人を慈しむ感情、愛しいと思う感情、勿論恋愛感情も愛に基いて成立する感情だ。恋愛感情とは簡単に言うならば、性欲を伴う愛と言えるのかもしれない。

例えば、このような愛が作り出す恋愛感情から、付き合う、結婚する、といった行為が発生することもある。

では、愛の正体ってなんだろう?

私は、愛とは極めて純粋な、混じりけのない人間の根源的な感情なのではないかと思うのだ。そして、人一人の持つ愛は、時に全人類よりも優先されるであろう、計り知れないものだ。

 

未熟な愛は言う、「愛してるよ、君が必要だから。」と。成熟した愛は言う、「君が必要だよ、愛してるから。」と    ー エーリッヒ・ゼーリヒマン・フロム ー

 

このような言葉がある。この言葉は、真実の愛は愛という極めて純粋な感情によって成立しているという事を示しているように思うのだ。

 

さて、クリスマスも近いので、今回の記事では、一人の一般的オタク男子大学生が愛、特に恋愛について語ろうと思う。(オタクは愛について語りがち)

 

貴方は恋愛感情を抱いたことがあるだろうか?

小学生時代、隣の席の異性に落ちた消しゴムを拾ってもらったことで今まで経験したことのない恋愛感情というものを実感したことのある人もいるだろう。

中学生時代、いつも一緒に下校する異性の友人に対して、「友人としての好き」と違った感情を抱いて恋愛感情を実感した人もいるだろう。

高校生時代、オタク向けアニメの美少女キャラクターに対して、他のキャラクターとは異なった感情を抱いて恋愛感情を実感した人もいるだろう。

恋愛感情を持つきっかけはこのように多岐に渡るが、恋愛感情を抱くに至った明確な日付、時間を正確に把握している人は少ないのではないだろうか?恋愛感情とは、様々なイベントを通して、除々に組み上げていく、いわば建造物のようなものだ。もちろん、恋愛感情とは建造物のようなものであるが故に、外的刺激によって崩れ去ることもある。そして、付き合う、というのは、恋愛感情によって成立した建造物と建造物を橋で繋ぐような行為であると考える。

 

私は最近、よくこのような発言を見かけるのだ。

???「クリスマス前だし彼氏or彼女作らなきゃまずいっしょww」

???「クリスマス前だし彼氏or彼女欲しい〜〜ww」

 

私はこのような発言に対して以下のような感想を抱く。

「は?」

このような発言は、恋愛感情を冒涜しているように思える。恋愛感情とは、時間をかけて除々に育んで行き、積み上げていくようなものであると考えている私にとって、このような発言は非常に耳障りだ。

誰かと付き合うという事は、互いの恋愛感情に基いて成立しなければならない。それなのに、恋愛感情もなく、体裁の為だけにパートナーを求めるというのは非常におこがましい。誰かと付き合う、という事は、恋愛感情以外の感情によって成立してはいけないと思うのだ。お互い付き合っているという関係は休日にデートと称してお出かけをするような関係ではなく、互いを生涯のパートナーとして考えているというような関係でなければならない。恐らく、その辺りの大学生カップルにおいて、互いを生涯のパートナーとして考えているというような関係を築いているようなものは少ないだろう。

その辺りの大学生カップルが成立した要因となった感情は、きっと純粋な愛という感情に基づく恋愛感情ではない。欲望、体裁、このような汚い感情によって構築された「恋愛感情に見える何か」だろう。

純粋な愛によって成立したカップルは恐らく別れるということがないように思う。何故なら、彼らは愛という純粋で根源的な感情をルーツとする恋愛感情によって強固に結びついているからだ。

世間の大学生は簡単に付き合ったり別れたりしているが、そのような行為は遊びにすぎない。いわゆる「ウェイ」と呼ばれる、外から見れば青春に見える汚れた時期を謳歌している人々は、所詮、恋愛ごっこをしているだけだ。しかし、彼らもいずれは学習し、本当の生涯のパートナーを見つけていくことになるのだろう。しかし、稀に恋愛ごっこをやめられず、家庭内暴力等、悲惨な生活を歩むことになる者も存在している。 

好きでもない人に告白されて、渋々付き合うことになった、という話をよく聞く。この状態においては恋愛感情の建造物は片方が極端に高いが、片方は極端に低い。非常にアンバランスだ。付き合うことで、恋愛感情に橋渡しをしつつ、極端に低い方の建造物を高めていったとしても、高い所と低い所の橋渡しをしているような状態であるが為に、崩れ去ってしまう確率が高いように思う。もちろん、紆余曲折を経て建造物の高さが同等になり、橋渡しも崩れ去ること無く上手く行く場合もあるだろう。

創作物における恋愛が何故尊いのだろうか?(一部の例外を除く)

それは恐らく、共にイベントをこなし、心理的な距離を段階を踏んで近づけ、最終的に結ばれているからだ。

 

結局、私が何を言いたいのかというと欲求に任せて恋愛をするのは避けるべきであるという事だ。恋愛感情は三大欲求の一つ、性欲に基づく感情であると先程述べたが性欲ばかりが肥大化してしまうとそれは動物園の猿と変わらない。人間はその卓越した頭脳で欲求を様々な理性的感情で彩ることができる。

私達は幸い人間という生き物に生まれたのだ、だから人間らしい美しい恋愛をしていこうではないか?