雑記帳

ポエムの掃き溜め

出口のないモラトリアム

この春大学院生になった。

しかし、コロナ禍によりあらゆる儀式が行われなかった結果、人生のステップを進めたという実感がない。夏も盛りとなった今ですらそうである。

自分の身分を社会的に定義づけるなら「大学院生」のはずだ。しかし、その身分を受け入れられていない自分がいた。いや、修士の学生証を受け取っていない今、社会的にも大学院生ではないのかもしれない。 2020年4月、僕は卒業論文を提出し、無事に学位記を受け取った大学4年生だった。しかし、季節が移ろい、大学の記憶が徐々に過去のものになっていくにつれて、大学4年生であるという感覚も希薄なものとなった。これが本当の意味で卒業するということなのかもしれない。

さて、それならば今の自分の身分はなんなんだろうか。フリーターかもしれない。フリーターやニートという単語は実に便利で、社会で絶対的な身分を持たない人間をラベル付けするのに大いに役立っている。確かな答えが出ないまま、移ろいゆく季節を横目に日々変わらない自室の風景を目に映すだけである。

この変化のない穏やかな生活は終末後の荒廃した世界みたいで、心に僅かな漣すら立たない。凪いだ海のようだ。これはこれで悪くないと思っている自分もいる、むしろ自分が望んでいた生活はこれなのかもしれない。現に、自粛生活の弊害は世間を騒がせているのにもかかわらず、心は僅かにも浮足立たない。荒廃した世界を再興したいという強い気持ちも沸き起こってこない。日々モニターに向かい合い、本能のままにプログラムを書き殴りネットの海を泳ぐだけの植物にでもなった気分だった。

コロナ禍は未だ収まる気配すら見えない。秋学期も原則オンラインが決定している。2021年の春、社会的には修士2年生となった僕は何者だと自覚しているのだろうか。きっと出口のないモラトリアムをさまよい続けているに違いない。